 ひたちなか市 きのした歯科からのおしらせです。 |
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ひたちなか市 きのした歯科ではちょっと変わった診療システムを導入しています。
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院長 木下 卓をより知っていただくために
○ 院長略歴
茨城県ひたちなか市出身
1994年 神奈川歯科大学 歯学部卒業
1996年 神奈川歯科大学 矯正学研修終了
2003年 きのした歯科 開業
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高度経済成長期の昭和44年の初め、木下卓は勝田市(現ひたちなか市)で誕生しました。
幼少の頃は表町という商店街で祖父がお茶屋をしていましたのでそのお茶屋の横で両親と暮らしていました。そこで両親は会計事務所を営んでおり、事務所兼住まいだった表町のその家で5歳まで過ごしました。なんでも狭いところが大好きだったようで茶箪笥の引き出しの中がお気に入りの場所でよくその中に入って寝ていたとのことです。
その後事務所移転のため今の実家である笹野町に引越しました。
小学生時代
小学校は4年生まで東石川小学校、5年になると長堀小学校が新設されたためそちらに卒業まで通いました。
今の私しか知らない方に言うととても考えられないとのことですが、小学生時代はとにかくやんちゃで授業中も騒いで先生に相当な迷惑をかけていました。授業参観などでもそんな調子でいたものですから父親から授業中ガツーンとげんこつをもらった記憶があります。
小学生時代、わたしは父がしていたとの理由でスピードスケートをしていました。隣町の水戸市にあったスケート場に週3〜4回通っていました。運動があまり得意でないわたしにとっては寒いリンクにタイムを上げるために通うことは苦痛でした。スケート場に行かずに本屋で時間をつぶしたりしたことも何度もありました。遠征などはちょっとした旅行気分で楽しかったですが、入賞した記憶はまったくと言っていいほどありません。結局スケートは小学6年まで続け、中学に上がるのを機に引退しました。
父親は教育にかなり熱心でわたしに勉強をさせて立派な人間になって将来は後を継いでもらいたかったようです。中学にあがるとき私立の中学を半ば強制的に受験させられました。受かりはしたもののそれまで仲の良かった友達と離れてしまうことが嫌で断固私立行きを拒否し、結局地元の勝田市立第一中学(一中)に通うことになりました。
中学生時代
中学に入ると部活というものがあります。わたしは友達が入ると言うのでそれにつられてバスケットボール部に入部しました。練習はつらかったですがそこでできた仲間は同じ汗をかきあった同志、クラスメイトより強固な絆が生まれたと思います。運動が苦手なわたしはそこでもレギュラーになることはできずずっとベンチウォーマーでしたが、仲間と汗を流した3年間は忘れがたい思い出となりました。
高校時代
高校受験においては苦い経験をしました。学校の先生も受かるだろうと思っていた一流高校は合格できず、その結果唯一ぎりぎりの成績で受かっていた私立である茨城高校へ通うことになりました。第一志望に落ちてしまったということも手伝ってか学校自体は特に目的もなくただただ通って時間を費やしていたという感じでした。
高校2年のときライオンズクラブ主催の短期ホームステイというのがあり夏休みを利用してアメリカカリフォルニアに40日間行ってきました。開放的な雰囲気の中異文化に触れ、いろいろな人と交流をもてた経験を通じて少し成長できたような気がします。
歯科医師になろうと思ったのは3年になってから。手先が比較的器用で細かい作業が結構好きだったのと、妹が自分の歯並びが悪いことを非常に気にしているのを見て歯並びを治す歯医者さんというのもあるようだからと漠然と思ったのでした。どちらかというと感情より理論派だったため、理工学系も考えましたが周りの理工学系を目指す友達の学力のレベルの高さに自分にはちょっと無理かもと考え、人の健康という根源に直接携わることができて細かい作業の要求される歯科という道を選びました。
父は当然自分の職を継いでもらいたいので猛反対でした。しかし、ひとそれぞれ向いている職、向いていない職種があるわけで、わたしには父の職種は能力的にも向いていないと思っていましたので母の協力で父を説得してもらい、歯科大学に進むことしました。
大学時代
大学は神奈川県横須賀市にある神奈川歯科大学に入学しました。横須賀というと米軍の基地(ベース)があり米軍人が普通に町を闊歩しているところです。元首相の小泉さんの出身地でもあります。
歯科大学というのは歯科医師を養成する6年制の専門学校です。わたしは入ったときからすぐ専門的な勉強が始まると勝手に思い込んでいました。
ところが1,2年は基礎科目の勉強といっていわゆる高校の延長で数学、英語、物理、生物、、等、歯科にまったく関係ないじゃんということから始まります。期待はずれな授業内容と親元から離れて1人暮らしという自由な生活を手に入れたという開放感で次第に授業中心から遊び中心になっていきました。
勉強もせず遊んでばかり、気がつくと進級試験は赤点の山でなんとその年2年生に上がることができませんでした。
これには父はもちろん大激怒。「大学を辞めさせて後を継がせる!」という騒ぎになってしまいました。その段階になって親に多額の学費を払ってもらっておいてなんで遊びにうつつをぬかしてしまったんだろう、という激しい自戒の念をいだきました。そしてもう一度チャンスをもらえないかと親に懇願しました。
父からの条件は富士宮にある管理者養成学校というところのビジネスマン養成コースを落第することなく無事やり遂げられたら歯科大学通学を続けてもよいというものでした。なんだそんなことと初めはタカをくくっていたのですが、それが「地獄の訓練」と俗に言われるものと知ったのはそこに入所してからでした。まるで軍隊。つらかった。涙した。しかしそこでなにごとにも一生懸命やることの重要性や仲間との協調性の大切さを学ぶことができ今ではよい経験に思えます。その「地獄の訓練」をなんとか無事卒業することができ、歯科大学も続けることができることになりました。
大学にも学業以外に各種クラブやサークルというものがありました。わたしは弓道部に入りました。きっかけはきれいなお姉さんに誘われたから(笑)。動機は不純でしたが一度足を踏み入れると弓道という世界はなんとも奥深くすっかりのめりこんでしまいました。弓道とはいわゆる日本の弓でアーチェリーのように標準がついてるわけでもなく、ただの竹の弓を射り的に当てるというものですが、そこに精神的な要素が非常にウエイトを占める競技でもあります。心が乱れていると的に当たりません。もちろん練習によって上達しますが常に精神面の安定や強さを求められます。それゆえちょっとのことでは動じない精神が少しは身についたかなと思います。神奈川歯科大学の弓道部はその当時は弱小チームでしたが、それでもそのチームでひとつの勝利というものをみんなで目指し、成し遂げたときの感動は今でも忘れません。
卒業してから弓に触る機会はめっきり減ってしまいましたがまた機会があればはじめたいと思っています。
神奈川歯科大学矯正学教室研修医時代
歯科大学では矯正(歯並び治療)については、授業はあるものの技術的なものはまったくと言っていいほど学ぶことはできません。ですので矯正治療の技術を身に付けるには卒業後に新たに学ぶ必要があります。矯正治療もしていきたいと思っていたわたしは大学卒業後、母校である神奈川歯科大学の矯正学教室に入局し、研修医として大学病院に通って勉強させていただきました。この研修医時代が一番集中して勉強したのではないでしょうか。朝7時半に出勤し、夜は日によっては夜中2時近くまで患者様の治療の分析や勉強会・検討会をしていました。それはそれでつらくもありましたが、寝食を共にした同期の研修医のメンバーとの強い絆が生まれ、いまだに機会があるごとに会っています。
勤務医時代
常勤での2年間の研修医の終了後は非常勤として大学病院へ通いながら横浜の一般開業歯科医院で5年間一般治療と矯正治療を行っていました。その医院は歯科医師約10名、歯科衛生士約20名という大型歯科医院でインプラントも行っており、院長先生や先輩ドクターからもいろいろ学ぶことが多かったです。逆にスタッフが多いことによる派閥抗争や院長に対する反発などの裏の面も垣間見ることになり、自分が院長になったときにはこういう悪い面をもたない医院を作りたいと思いました。
2件目の勤務先は地元ひたちなか市の隣の水戸市にある、大学の先輩の開業する歯科医院に2年間勤務しました。予約制が常識と思っていたわたしはこの医院が予約なしで行っていると聞いてびっくりしました。しかし、院長の「いつでもすぐ診てあげたい」という理念に共感し、短い期間ですがそれにたずさわることができ幸せに思っています。ひたちなか市できのした歯科として開業するに当たってこちらの先生のいろいろなお話、アドバイスをいただき無事立ち上げることができましたことを感謝しております。
きのした歯科開業
平成15年4月にひたちなか市長堀町というまさに地元に一般歯科・小児歯科・矯正歯科としてきのした歯科を開業しました。
なぜ人は歯医者が嫌いなんだろうと考えたとき、「痛い、怖い、不安」というマイナスなイメージが非常に強い場所であると思います。それが「痛くない、楽しい、ワクワク」というプラスのイメージの歯科医院が作れれば人は自ら進んで足を運んでもらえるのではないかという思いから医院のつくりや診療システムを考えました。
医院のつくりとしてはなるべく冷たい歯科医院を意識させない暖かなカフェのようなイメージでリラックスして過ごせる空間を考えました。
パソコンと同じで、いくらハード(建物)をよくしてもソフト(人)が良くなければそれはきちんと機能しません。極力痛くない治療、しっかりしたご説明をして不安や恐怖をなくして差し上げる、メンバー全員が笑顔で暖かく応対するといったソフトの面も力を入れる必要があると思っています。
まだまだ発展途中ですが私たちメンバーはもとより患者様さえも笑顔があふれる医院づくりを目指して鋭意努力しているところです。
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月〜金:9:00-12:30
14:30-18:30
土: 9:00-15:00
休診日:日曜・祝祭日
・木曜午後
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ひたちなか市 きのした歯科 歯科医師木下卓をご紹介します。
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